デザインから脱し、自分のために表現をするということ。

ある作家の個展を観に行った際、普段グラフィックデザインという仕事をしている自分からすると表現に対する純度の高さみたいなものがとても羨ましくなって（デザインの仕事は基本的にクライアント企業のためのものなので、自分の好きとか表現とかを追求する場ではないのです）、自分のための表現をやりたいとInstagramで作品作りを始めたのが2018年の春頃でした。Photoshopというグラフィックデザイナーならではの身近な画材を傍らに時間を見つけては作品作りを楽しむようになり、当初は単に撮った写真を舞台美術やアニメの背景美術のような絵画化ができたらおもしろいなと思っていたものの、やりはじめてみるとそういう方向性はあまりなくて、技術的な試行錯誤も重ねながら自分ならではの表現とは何かを模索し続けてきました。だいたい100作品作る毎に技術的な発見とか変化があって、その度に気に入っているモチーフは作り直したりしてきたものです（この辺りのことはInstagramを遡って見るとわかりますので、ちょっと恥ずかしい気もしますが興味のある方はぜひどうぞ）。

それが300作品を越えた頃、急にいくつかのアート系プロモーション会社などからご連絡をいただくようになり、半ばこれはギャグだなと思いつつも試しにその中で１番インパクトのあったルーブル美術館でのアートイベントに出展することにしました。それはアートの販売イベントでもあったので初めて自分の作品に値付けをして作品3点をもって臨んだものですが、結果的には1点も売れず、でもまぁ正直こんなもんかと特に肩を落とすでもなかったような気がします。この頃は今のようにアルミ版をベースにした特注の出力方法でもなく、単にアクリルマウントしたジクレー出力だったので（よくフォトグラファーのエキシビジョンで使われる方法です）、アート作品として見た目上の価値も感じにくかったなかったというのもあるかもしれません。

ただ、そこからは予想もしていなかった話が来て、1年後にシンガポールの5つ星ホテル「ザ・フラートン・ホテル・シンガポール」で日本人アーティストを1週間ずつ週がわりで個展をやる企画があるから参加しないか？ということでした。何でも出展したルーブル美術館での作品は売れこそしなかったものの、観ている人が他よりも明らかに多く、技法的なものなど質問されることも多かったということで、ぜひ個展をやってみたいというもの。このギャグはまだ続くのかと思いはしたけれど、知り合いには見てくれる人がいて何かを感じてくれる人がいることを忘れてはいけないというようなことを諭されたりだんだんギャグとも言えなくなってきたのと（ギャグだからこそ真剣にやるというのもなくはなかったのですが）、今回も販売会をかねるのと輸送コスト等が乗るため金額は高くせざるを得ず、それに見合った出力方法、作品のあり方を考えないといけなくなり、きちんと作品やアート活動のことを考え始めるようになったのもこの頃でした。結果的にはこの2021年春に開催されたシンガポール個展では、販売1点、寄贈2点という結果を生むと同時に様々な反響やメッセージもいただき、単にアート制作の側面だけでなく、いざ個展（販売会）をやったことによってアーティスト活動そのものに対する課題、ビジネス上の課題も色々と見えて来ます。販売するためにはもっと納入実績を増やさないとならないこと、作品のメッセージ性をどう打ち出すかということ、その他色々と…。

そこからさらに１年経ち、2022年5月には上野の森美術館でのグループ展が開催されることが決まりました。つい先日ようやくこのための作品を決めたところですが、直近の3月にはドバイのInfinitiショールームでの企画展もあったり、これまで寄せられたメッセージや反応からもだいぶ自分の技術的なものや表現手法には自信がついてきていて、ずっと自分ならではのアート表現の方法を模索してきたということについては終止符が打てそうです。ただ同時に、多作で技術やベースとしての表現方法を模索するフェーズが終わったことで、今度はモチーフや作品テーマみたいなものをより深く探求する時期に来たのかなとも思います。最近素材として撮る写真もだいぶ以前とは様変わりしてきました。単にノスタルジックや人間味ある風景で良しとしてきたところが、それでは満足できなくなってきて、具象でありながら抽象性を感じさせたり、普遍性を感じさせたり、言葉によらない五感をもっと引き出すような作品を作っていきたい、今はそういう風に思っています。これからもよろしくお願いいたします！